日本刀 刀 美濃国御勝山麓住藤原永貞作之 応矢土嘉左衛門幸孝需 (御勝山永貞)(新々刀上々作)  文久二年臘月吉日1810-1079|日本刀 刀剣販売 e-sword【イー・ソード】

日本刀 刀剣 販売

安心価格の豊富な品揃えから、日本刀 刀剣を4つの安心保証特典で販売する日本刀 刀剣ネット通販専門店です。


Facebookに追加 Googleブックマークに追加 mixiチェックに追加 はてなブックマークに追加 Yahooブックマークに追加

詳細画像

日本刀 刀 美濃国御勝山麓住藤原永貞作之 応矢土嘉左衛門幸孝需 (御勝山永貞)(新々刀上々作)
  文久二年臘月吉日
katana [mino_no_kuni okachiyama_no_fumoto_ju fujiwara nagasada kore_o_saku BUNKYU 2] (okachiyama nagasada) (sinsintou joujou-saku)

日刀保 保存刀剣  NBTHK Hozon
品番:1810-1079
黒石目雲紋塗鞘打刀拵付き 白鞘入り
刃長 Blade length(HA-CHOU)72.3cm(二尺三寸八分半)
反り Curvature(SORI)1.5cm
元幅 Width at the hamachi(MOTO-HABA)3.21cm
元重 Thickness at the Moto Kasane0.67cm
鎬重0.70cm
先幅2.43cm
先重0.45cm
生ぶ
国 Country(KUNI)・時代 Period(JIDAI)美濃国・江戸時代後期 文久二年(1862)
mino : The Edo era latter period. BUNKYU 2(1862)
登録 三重 第9066号 昭和29年9月30日
鑑定書 財団法人 日本美術刀剣保存協会 保存刀剣鑑定書 平成三十年三月十五日

【コメント】
本名を松井治一郎と称し、文化6年(1809年)、美濃国不破郡(現在の岐阜県垂井町表佐)に松井直三郎の子として生まれ、松井治一郎と称す。
御勝山永貞は美濃国赤坂千手院の末流で、はじめは赤坂千手院系の刀工に鍛刀を学び、後に独学で鍛法を研究して独自の鍛法を開発した。
彼は一時、紀州徳川家の御用鍛冶として紀州に移住したと伝えられ、また万延元年頃には伊勢国田丸においても鍛刀した。その後、江戸青山、松江、京都、で作刀した、明治2年、61歳で没したといわれる。
永貞は幕末の美濃国の最後を飾る幕末の名工の一人として名高く、作風は金筋、砂流しのかかった沸の強い同時代の幕末の名工の一人である清麿によく似たの作品を得意としています。
又、新選組隊士の河合耆三郎の愛刀が永貞の作品です。

※永貞は御勝山麓と銘を打つ作品が多く、御勝山とは、表佐村の北に位置する小高い丘で、関ヶ原の戦いの折に徳川家康はこの地に陣屋を定め、全軍の指揮をとったと言われ、時の勝利の意を表してその地を御勝山と名付けたと言われています。
永貞はこの地に生まれ鍛刀したことから、御勝山と銘しています。
 
 

販売価格 (price)
1,700,000(JPY)

 

藤原永貞作之 (御勝山永貞)鑑定書画像
藤原永貞作之 (御勝山永貞)全体画像
藤原永貞作之 (御勝山永貞)各部分画像


[page top]


日本刀・刀剣販売e-sword HOME

■ 販売品ガイド| 日本刀・刀剣・刀・太刀日本刀・脇差・脇指日本刀・短刀・剣日本刀・槍・薙刀日本刀 刀装具・鍔・鐔日本刀 刀装具・その他 日本刀 鎧兜・甲冑

販売規定ご注文方法特定商取引に基づく表示買取、委託販売