日本刀 刀剣 販売

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刀 芸州住盛俊作
昭和十年九月吉日 伏見宮殿下へ献上ノ姉妹刀
katana [moritoshi]

日刀保 保存刀剣 居合試斬向
NBTHK Hozon (for iai)

刃長:69.0cm(ニ尺ニ寸七分強) 反り:2.1cm 元幅:3.15cm 元重:0.61cm
鎬重:0.72cm  先幅:2.26cm 先重:0.43cm
刀身重量(裸身):710g   刀身重量(鞘を払って):1000g
茎:生ぶ、切り、目釘孔一

国・時代: 安芸国(広島県) 昭和十年 1935年

体配:  中切先、鎬造、庵棟。
地鉄:  小板目つみ地沸付く。
刃紋:  直調の小互の目乱れ、匂い口締り小足入る。
帽子:  直に先中丸に返る。

品番:0810-1083

 

登録:
広島 昭和26年5月16日

鑑定書:
財団法人 日本美術刀剣保存協会
保存刀剣鑑定書
平成十八年四月三日

 

【コメント】
本名は越水可、広島県大竹市松ヶ原住、数々の賞を受賞する。
本作品は伏見宮殿下(伏見宮博恭王)に献上した作品の姉妹刀です。

※伏見宮博恭王(ふしみのみやひろやすおう、明治8年(1875年)10月16日 - 昭和21年(1946年)8月16日)は、日本の皇族、海軍軍人。伏見宮貞愛親王王子。議定官、軍令部総長、元帥海軍大将・大勲位・功一級。初め名を愛賢(なるかた)王といい、華頂宮相続に当り名を博恭と改めた。
日露戦争では連合艦隊旗艦三笠分隊長として黄海海戦に参加し戦傷を負う。また艦長や艦隊司令官を務める等、皇族出身の軍人の中では実戦経験が豊富であった。

※伏見宮家は北朝第3代崇光天皇の皇子、栄仁親王(よしひと、なかひと)が始祖。明治維新後に創設された宮家は、ほとんど伏見宮家の系統である。現在の天皇家も伏見宮家の系統であり、伏見宮貞成親王の男系子孫である。元来、伏見宮家は持明院統の嫡流にあたるが、栄仁親王の天皇位継承は将軍足利義満に忌避されたと考えられる。
明治維新後は、邦家親王の跡を継いだ21代貞愛親王は、元帥、陸軍大将に累進。明治、大正両天皇の御信任も厚く、皇族の重鎮として、大日本農会、在郷軍人会総裁を歴任した
貞愛親王の跡を継いだのが、博恭王である。最初、華頂宮家の嗣子であったが、伏見宮家の後嗣に予定されていた弟の邦芳王が病弱のため、伏見宮に復帰・相続した。元帥・海軍大将・軍令部総長として昭和海軍の実力者であった。博恭王は、昭和21年8月16日薨去し、孫の博明王が後を継いだ。
昭和22年皇籍離脱により、伏見氏を名乗る。
伏見宮邸跡地は、現在はホテルニューオータニとなっており、庭園にその名残がある。なおこの場所には、はじめ加藤清正の下屋敷があり、後には井伊家中屋敷があった。


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